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2011年6月 8日 (水曜日)

当時の中国家庭の三種の神器

いよいよ今晩、ウイーンからフランクフルト経由で日本に戻ります。

最近の中国、北京の画像はそれまでもう少しまってくださいねcoldsweats01

さて、昨日の記事で書いた、初めて中国に行った34年前のころをかなり思い出してきたので、その続きを今日も書きます。

日本はその頃は確か山口百恵、森昌子、桜田淳子の花の中三トリオがブームになっていた頃。

当時の広州では電気が貴重な時代でした。

庶民の娯楽も少なく、中国ではテレビもあまり普及していませんでした。当然海外からの旅行者用のホテルにもテレビはありません。

広州交易会の中国の輸出入窓口の事前アポイントの日が決まっているので、土日にまたがると特に言葉も通じないのですることもなく退屈でした。

或る日ホテル主宰の広州家庭訪問(渡辺篤史の建物訪問ではない)ツアーがあり喜んで参加すると(ほぼホテルの宿泊日本人全員参加)、どこかの農家に連れて行かれたのですね。

あまり大きくない家でしたが、なんだか2DKのような間取りの土壁の家に家族全員おじいちゃんおばあちゃんから孫までが住んでいるとのことでした。そして彼らの自慢は三種の神器があること。

それはなにかというと、まずラジオ。壁に棚があってそこに鎮座しておりました。

次に、電気洗濯機、全自動とかではなく、洗った衣類を手で回すローラーで絞るタイプね。

三つ目は電気炊飯器。まあ日本ではどこにでもあるような古い機種でしたが。

それでも彼らはそれらを我々に示して得意そうでした。

ツアーの帰りには薄暗くなってきて、バスの中から外を眺めていると畑や田んぼばかりでビルもないためか、外はほぼ真っ暗闇状態。それでも50~100メートルに街燈が一本立っていました。

ところが奇妙なことに、その明かりの元に人影が必ずいるのです。

ガイドさんにあれはなに?と聞くと、若夫婦や恋人達が家が狭いので、街燈の下でいちゃついているということでした。確かに2DKで三世帯がぎゅうぎゅう詰めの家だと、息が詰まっちゃうのでしょうね。

その説明に納得してしまいました。

そして、現在の北京。

地下鉄の中では若者がiPodやiPhoneなどで音楽を聴き、携帯をいじっており、服装もおしゃれなTシャツを着ている若者もいて(厚化粧の女性もいました)、駅のそばではマクドナルドに吉野家の牛丼があり、高層ビルも乱立。一瞬ココはどこかと思ってしまいました。

細かいところを見ればいろいろ日本とは違うのでしょうが、

日本のほうが逆に時代から遅れだしているのですかね。

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本日も駄文に最後までおつきあいくださりありがとうございました。

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