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2007年1月 6日 (土曜日)

インスタントヌードルの生みの親

 R_image       インスタントラーメンの創始者ともいえる、日清食品の創業者会長、安藤百福会長がご逝去されました。

 安藤会長はNHKの朝の連続ドラマでも取り上げられているのでご存知の方も多いと思います。同氏は日本統治下の台湾の生まれですが、日本が誇る企業家だと思います。

 1958年に当時としては高額のチキンラーメンが発売されました。

 それまではインスタントラーメンらしきものは、湯がいて食べるソーメンのようなマルタイラーメンしかなかったので、三分間で食べられるというのは画期的でした。

 そして1971年。あのカップヌードルが発売されました。

 旅行先でもどこでもチキンラーメンが食べられるというあれです。

 わたしが初めて海外に出かけたのは1972年です。

 当時はまだ学生だったのですが、リュックひとつで夢と希望いっぱいでヨーロッパに旅立ちました。出発前にはこれっぽっちも日本の食事なんてほしいとは思わなかったのですが、いざ、ヨーロッパで毎日向こうの料理を食べていると日本食が恋しくてたまらなくなったことを思い出します。

そういうときにカップヌードルを持っていっていたら郷愁を拭い去るのに大いに役立っていたと思います。

 今、海外ではインスタントラーメンがあふれています。アメリカでは日本では売っていないビーフ味のカップヌードルが食べれます。特にアジアではいろいろな会社がカップラーメンを販売していて、これほど世界に定着したのもやはり安藤会長の功績だと思います。

 先月の上海旅行でも現地のカップヌードルをいくつか購入して帰り、各国の味を楽しみました。

 わたしも以前の会社で日清食品さんとは調味料でお付き合いがありましたので、愛着を感じます。安藤会長のご冥福をお祈りいたします。

(写真は日清食品のホームページより)

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コメント

新年明けましておめでとうございます。
旧年中は”しんがライフ”に遊びにいらしていただき、ありがとうございました。2007年もどうぞよろしくお願いいたします。

旅好きおやじさんのカップヌードル話し、とても楽しく、そして懐かしく思いながら読ませていただきました。

この日精食品カップヌードルにどれだけ私の人生励まされたことか。海外に住んでいると日本の味が恋しくなるのですが、たまに訊ねてくるお客さんがお土産にとカップヌードルをおいていってくださると家族で争奪戦。そのくらい貴重な食品でした。かえってお茶や海苔などのお土産より嬉しかったかもしれません。

今でも旅行にはカップラーメンは必需品です。唯一必要なくなったのは電熱(変圧式)湯沸し機です。ホテルに常備されてないころはこれももって旅行していました。だから行きも帰りも凄い荷物。(笑)

シンプルだけど変わらない日精食品のカップヌードルは今も旅行の基本アイテムの一つです。

追伸:携帯情報ありがとうございました。

投稿: しんがライフ | 2007年1月 7日 (日曜日) 07時20分

明けましておめでとうございます。

そうそう、わたしも昔は海外に行くとき変圧式湯沸かし器をもって行ってました。
わたしの場合はスティック状になっていて、マグカップにつけるだけでお湯がわくというものでした。そしてそれをカップヌードルに注いで食べたものです。
昔、日本食屋がまったくないカンザス市のモーテルで食べてこれ以上うまいものはないと感じた記憶があります(どこでも同じ味なんでしょうけどね)。懐かしいです。

投稿: 旅好きおやじ | 2007年1月 7日 (日曜日) 10時16分

こんにちは。
私もスティック状のものとポット型のものを両方利用していました。ポット型でお湯で温めてたべるご飯を、スティック上のものでお茶を入れたりカップめんのお湯を温めたりとそれは重宝しました。カップめんは必須アイテムですが、それ以外に温めて食べる白いご飯と梅干やふりかけは必ずもって歩いていました。

旅行の最後には持参した日本食で旅行無事終了の晩餐をし、日本食が入っていたスペースにお土産を詰め込んで帰国。なので私のトランクは、行きも帰りも重さは常に同じ。(笑)

投稿: しんがライフ | 2007年1月 9日 (火曜日) 10時09分

おはようございます。

二つ持って旅行するとは!!、しかも白いご飯は「佐藤のごはん」でしたっけ、それに梅干、ふりかけとは本格的ですね。

投稿: 旅好きおやじ | 2007年1月10日 (水曜日) 08時33分

こんにちは。
かなり日にちが経ってのコメントでゴメンナサイ。

チキンラーメンとカップヌードルの開発の話を、小学生の時に漫画で読んだことがありました。
かなりの試行錯誤の上できたカップヌードルに対して、小学生ながら感動を覚えました。

私の地元にある、日清の工場には、でっかいカップヌードルの立体看板(?)がありました。

投稿: aqua☆clover | 2007年1月20日 (土曜日) 15時21分

aqua☆cloverさん、こんにちは♪

ラーメン博物館というものが大阪にあるそうです。
そこで説明しているのですが、カップラーメンは底を空洞にして、そこから上のラーメンを熱湯で蒸すようにしたことが新しい技術だったらしいですね。

日清食品の本社ビルは新幹線の新大阪駅へむかう地下鉄が川を渡るとき地上に出てそのときに左に見えます。


投稿: 旅好きおやじ | 2007年1月21日 (日曜日) 11時19分

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